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紀南Good

非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(3)

Update 2022年8月31日

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(1)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(2)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(3)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(4)

※この記事は、スピリチュアル関連、神事、仏事などに、全くと言っていいほど知識のない人間によって書かれています。出てくる単語に関しても、意味をきちんと把握せずに使用している場合もあることをご了承ください。誤用している、もしくは、説明の必要な単語や文は記事の最後に解説を入れ、間違いなどがあれば学びを深め、次の回に進めていきたいと思います。また、無知であるからこその偏見も多分に存在することにもご注意いただければと思います。どうぞ存分にツッコミを入れつつ、読んでいただければと思います。


駐車場を出て、ソフトクリームやお土産を売る店沿いの細い道を歩くと、大きな杉の間の立派な鳥居に着く。

人の流れに沿って鳥居をくぐり、立派な石段を下っていく。石段を降りると、おお、これが那智の大滝か。やはりすごい!まちがいなく美しい、かっこいい、壮麗、ダイナミック、エクセレント、トレビアン。そして、滝の頂上のしめ縄が、その神聖さを、ビシッと、こちらに宣言してるような感じ。いやーすごい。

書けば書くほど、その素晴らしさからはかけ離れていくものの、写真も上手く撮れなかった。実物に限ります。

次男は「なんだか枯れてない?3本に分かれている」などと知ったようなことを言う。初めて見たのになんで?というと、動画で見たことがあるのだと言う。なんだ、初見ではなかったのかと、ちょっと残念に思う。

滝の前には賽銭箱。その前に煙が上がっているのは線香を立てる場所なのか?なんて思ったら、「お清めの護摩木※1」と書かれている。

よし、スピリチュアルなことをしにきてるんだからここはやるでしょ。100円を払い、しかしここは大人なので次男に託し、願い事をさせ、燃やさせる。

もう100円出せばいいのだろうが、

「そもそも、御利益を受けようとすることってスピリチュアルなのか?いや、なんだかむしろ真逆な行為のような気がするのだが」などと頭の中で言い訳した。つまり、私は100円を出し渋ったのだ。

次男はいつまでも手に持って燃やそうとして「熱い!」と言っていた。当たり前である。

木の前には立派なカメラを持った男性が記念写真を撮影するとして、通る人通る人に声をかけていた。これはスピリチュアル系ではなさそうだ。この日の私の目的とは違う、と思い、安心してスルーする。

私が見たところ、誰も有料の記念撮影を利用してはいなかった。滝の前の賽銭箱の前で、お参りをしてからそれぞれのスマホで記念撮影をしていた。一眼レフでの記念撮影サービスなど、今後生き残れるのだろうかと思う。「落差113m、世界一の高さです」と繰り返し呼び込みしている男性が少し気の毒になる。

賽銭箱の後ろ、石の柵の向こうの神域なのだろう場所の地面に、びっしりと敷かれた白い石が清々しい。このような環境を整える人の大変さを思うと頭がクラクラし、恐れ多い。背筋が伸びる感じがする。もしかして、これが参拝することの効果なんじゃないのか。きれいにしている友人の家を訪れたあと、部屋の片付けに目覚める、みたいな?

柵の向こうは神聖そうなスペース。
きれいに小石が並んだ様子は掃除が苦手な私に畏敬の念を抱かせる。

二礼、二拍手、一礼※2だっけ?調べたはずだが忘れてしまった。確か何通りかあったはずだから、と気にせずお参りする。息子に5円。私は50円の賽銭。賽銭は、穴がある方がいいって聞いたことがある※3

長男の受験のことやら、あれもこれもとお願いし、一礼して目を開けたら次男に、「ちょっと長過ぎない?」と言われる。そうです。結局は御利益、受けたいんです。

さあ、お参りは済んだぞ、と安心していたら、売店※4の奥の方に立て札があり、「御瀧拝所舞台」「延命長寿の水」「御瀧本祈願所」「神霊石」参入料金料、大人300円小人200円、と書いてある。

え!まだあるの?しかも、ここからはお金がかかるの?でも、滝の水が汲める?容れ物は別途、500円、、、。とりあえず、見なかったことにして、次男の念願のおみくじを引く。ていうか、私も実はちょっと楽しみだった。大吉だったら良いなあ、、、。

巨大おみくじ。番号札が出てくるタイプで、1回100円。これが結構重く、なかなか出てこない。

番号札の番号を売店の女性に告げると、お子様が〇番ですね、と確認される。すると、子どもには子ども用のおみくじが渡された。

そうだ、大事な用事を済まさなければ。

「あの、これ、たぶんお守りの箱なんですけど、中は空なんですよね、、、」とおずおずと持参した空き箱入りの箱を差し出すと女性は少しもおかしがる様子などなく、「はい、お預かりします、お焚き上げいたしますね」と言って受け取ってくれた。よかった。なんかすごい大丈夫な感じ。絶対、変なことにはならないって感じ。正直ほっとした。

息子は、ずらりとならんだお守りに引きつけられ、自分の干支であることもあり、龍が描かれたお守りを買うことにした。

「初穂料、800円お納めください」

赤いお膳みたいなのでお金をやりとりする。代金とは言わないんだな、と思った。息子の買ったお守りは、先ほど女性に渡したのと同じ袋に入っている。これをまた、持ってこなければならないのか、、、。

※1 護摩木 : 曹洞宗 唐松山 護国寺。法華経の教えをもとに、観音様が私たちを救うために三十三の姿に身を変えて救う、とされることにあやかって行われるようになった「最上三十三観音」巡礼の第5番「札所(参詣者が参詣の印として札を受け取るところ)」なのだそう。バスに乗って大勢やってきていた老人たちは恐らく、この三十三観音巡礼を行っていたのだろう。納得。実家に帰ったら改めて詣でてみようと思う。

※2 二礼、二拍手、一礼 : 「靖国神社」ホームページによると「拝礼の作法は本殿内・拝殿前ともに二拝二拍手一拝」だそう。

※3 賽銭は、穴がある方がいいって聞いたことがある。:「神社ch」によると、賽銭に5円や50円は穴が開いているため、見通しが良いので縁起が良い、だとか、ご縁=5円だとかの説は「無意味なので今すぐやめましょう!」とある。そして、「お賽銭の最適額は自分にとって少し痛い金額」だとも書かれている。自分にとって少し痛い金額をお賽銭として使わなければならないとすると、私はスピリチュアルにはなれないかも、と思ってしまう。スピリチュアルになろうとして、結局は自分のお財布事情(もしくはケチさ)を思い知る結果になるだけなのか、と、ちょっと挫けそうになる。

※4 売店 : 神社で”お守りを受ける場所”は「授与所」というそうだ。売店とは呼ばない。あくまでもお守りは「買う」ものではなく「受ける」ものなのだ。

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非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(4)
おみくじの結果はいかに?そして、滝お参りへ?

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(1)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(2)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(3)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるか(4)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるかパート2 〜自然崇拝=0円?篇(1)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるかパート2 〜自然崇拝=0円?篇(2)

♦非スピリチュアルな私がスピリチュアルに行動してみたらどうなるかパート2 〜自然崇拝=0円?篇(3)

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