「結局のところ、やるかやらないか」ハサミ屋さんから生き方を学ぶ
ハサミ1丁ウン万円。いえいえ、ウン十万円するのもあります。
おぉ!かなりのお値段!美容師さんのハサミって、そんなにするものなんだとびっくりしました。これからの私の人生、使う場面は絶対にやってこないでしょう。でも、お話聞かせてもらい2時間後には、「ハサミ、買って帰りたい。」って思っていました。
こだわりを貫く
「僕が美容師だったら、どんなハサミがあって、どんなハサミ屋があったら仕事しやすいかなと、常に考えながらやってます。」
ハヤシ・シザースが作っているのは理美容専門のハサミ。ベースとなる形を元に、ひとりひとりお客様の要望を聞き、それぞれが使いやすいハサミになるよう仕上げます。
工場に入ると、会話が聞き取れないくらい、研磨機とハサミが擦れ合う音で溢れています。若い職人さんが真剣な表情で、仕上がりを確認しています。指先の感覚で研ぎ具合を、光の入り方で絶妙な角度を見ているそう。作業待ちのハサミが入った木箱が、壁の一角に重ねられています。日付を見ると、3ヶ月ほど前のものから。納品を待っているハサミだそうです。購入されたハサミはメンテナンスをほどこす事により、5年〜10年も使い続けられるのです。
「時間かかっても。」
それでもお客様の声に応えてハサミを作るというスタイルは、ハヤシ・シザース創業の頃からのこだわり。なんと9割の方がリピーター。使い手に喜ばれていることがはっきりと証明されています。
壁は1つ1つ乗り越えていく
「もともと自転車屋だったんです。僕ね、若い頃、やんちゃしてまして。」と、17歳の時、大きな事故に遭ったことを話してくれました。約3年間の入院生活。膝に後遺症が残り、自転車を扱う仕事は断念せざるを得なくなりました。座ったままできる仕事をと紹介してもらったのが、たまたまハサミ屋だったそうです。
「なんとも簡単なきっかけです。ハサミかぁ、そんなんできるわって感じでしたよ。」
10年間、ハサミを研ぐことの日々。実際にやってみるととても奥深く、研ぎを習得するまでに長い時間がかかりました。毎日膝をかばう無理な姿勢で研磨しているうち、体調を崩し、退職。体が随分と良くなってきた頃、元の会社から戻ってきて欲しいと声がかかりました。
これも何かのタイミングではと感じたそうです。研ぎ屋からやってみようと、ハヤシ・シザースを立ち上げました。林さん、32歳のことです。
ゼロからのスタート
「ないないだらけでした。お客様もいない、設備、材料、お金、さらに戻るところもない。ただ1つあったのは、根性だけ。」
理美容ハサミにはメンテナンスが不可欠で、一般的には、取引のあるディーラーさんがハサミのケアをします。そこに、林さんは飛び込みます。
「まぁ、最初はうまくいきませんわ。今から考えてみると、5〜10万円する商売道具を、見た目の怪しいモンに預けないですよ、ハサミが返ってこないのがオチだと思われて当然です。苦しい時代でした。裏の土地で、トマトやししとうを育てたり、キャベツ買ってきて醤油かけて食べたり。あっ、醤油は湯浅の醤油ね。」
軽やかな口調とは真逆の、イバラの道。仕事が喉から手が出るほど欲しい、そんな時でも、友人の美容店にだけは絶対に行かなかったとのこと。同情ではなく、研ぎの技術で仕事をしていきたいという気構えなのでしょう。易きには流されません。
最終的には、「まず研がせてください。ちゃんとできてると思ったらお金をください。」とお願いし、実力を知ってもらうことでお客様の信頼を少しずつ得ていきました。
変化に必要なのは柔軟性
地道な努力を重ね、銀行からお金も借りられるようになりました。ステージを登るとまた新たな壁がやってきます。次の壁はチームを作ることでした。
ハンディキャップを背負い、根性だけでやってきた自分が基準。新しい職人を雇っても同じようにできないことに苛立ちます。「10分以内に荷物持って帰れ!」とクビにしたこともあったそう。
「誰もいなくなりました。僕と今の若い子とでは、状況が全然違うので温度差があります。今では『大丈夫?腰痛くない?』と声かけてますよ。笑 できるできないは、僕が基準ではなく、どれだけ数をこなすことができるかです。職人と経営者は別。当時は仕事をするよりその辺が難しかったですね。」
常に目標を掲げる
林さんの全てが詰まったハサミ。緊張しながら手に取り開閉させてもらうと、、、何の摩擦も感じない、ただただ、無。
「刃の素材が硬ければ硬いほど、抵抗感がなくスーッと開閉できるんです。だけど、硬いがゆえに靭性(材料の粘り強さ、しなやかさ)がなく、折れやすい。加工するのが非常に難しいこの硬い素材に、あえて、デザインとしての穴を開けてるんです。わかる人にしかわからないけど、これがものづくりの最高の喜びですよ。『ここまで出来る技術があるんやで!』って、心の中で小さく叫んでるんです。」
ここまで極めている林さんに、次なるステージはあるのでしょうか。
「今のハサミより性能がよくて、耐久性があり、それでいて仕上げやすいハサミを作りたい。価格も抑えたいですね。メンテナンスがいらないハサミができれば、研ぐ職人のいない海外にも持っていけます。うちみたいな町工場がするような研究ではないかもしれないけど、世界一になるためにはやるしかない。どうしようかなぁと迷うことはないんです。」
今を切り開いていけるのは自分だけ
林さんは今、11人のスタッフと共にハサミ作りに邁進されています。営業担当の中には、林さんの徹底したこだわりと熱い思いに心を打たれ、美容師の世界から転職した方も。ひとりで作っていた頃とは違う、みんなで作り続けていくハサミ。
「今思ったら、もともと決まってた運命のレールやったんかもしれんね。うまいこと神さんに乗せられて。お前、ハサミ作らなあかんから自転車乗れんようにしたろって。」
お話を聞いていて、ドキュメンタリー見てる気分でした。
実は私はライターとして新しいスタートを切ったところです。最初は、特に何も考えず気楽に書けていましたが、徐々にちゃんと伝わるのかな?と文章にする難しさを感じるようになっていました。
林さんの話を聞いているうち、小さなところでウジウジしてる私にメッセージが届き始めたんです。
「こんなことまでしてって思ったらそこまで。それでも達成したいという気持ちがあるかないかよ。」
私にとってハヤシ・シザーズのハサミは、「切るもの」ではなく、「生き方の象徴」のようなものに感じられたのです。
家に帰って、連れ合いにまくしたてながら喋りました。すごい人に会ったこと、いっぱい刺激をもらったこと、これからライターとして頑張ってみたいこと、壁に当たった時に今日のことを思い出せるようハサミを買いたくなったこと。
「散髪用のハサミやんな・・・。買ってこなくてよかった。」と一言。
わかりました。ハサミを買わない代わりに、読み返して思い出せるようしっかり記事を書こう。
創業1992年。小さな川が流れるそばに佇む町工場。
ハヤシ・シザースのハサミが世界から注目される日はもうすぐです。