「坂道」を登った先の景色を見に行こう
私は、ご縁があって繋がりができた周りの人に心地よく過ごしてもらいたい、そして、私自身も楽しく生きていきたいと思っています。そのために、心理学はきっと役に立つはず。興味がある一方で、仕事にすると、たくさんの方の打ち明け話を聞くのは大変そうだとも思っています。
少しでも心理学に触れてみたいという思いから、TETAUが主催するTETA子屋で「ライフスキル心理」という講座を受講しています。月に1度、「自分の説明書を作ろう」「ストレスマネージメント」など、身近なテーマで講義が進められます。今の自分を見つめ直せるだけでなく他の方の感じ方なども知ることができ、毎回とても有意義な時間です。
講師である公認心理師・臨床心理士の浅井育子先生に、カウンセラーという仕事、そして、先生自身が大切にしていることについてお話を伺うことにしました。
インタビューの日、浅井先生は、お母様が着物をリメイクしたという衣装で登場してくれました。2022年5月、浅井先生が仲間と共に催したファッションショーでの装いです。浅井先生は、いろんな方にとって何かを始めるきっかけや、日々の小さな楽しみになればという気持ちでイベントを開催しています。ファッションショーもその1つなのだそうです。
「モモ」との出会いが心理学の道へ
浅井先生が進路を決めたのは、高校時代に出会った「モモ」という本がきっかけ。
主人公のモモのところに、町の人たちが話しにやって来ます。モモは、ただただ話を聞くだけなのに、町の人たちは不思議と元気になって帰って行く。その場面に、どうして話を聞いてもらうだけで元気になれるのだろう?そこにある心の仕組みってどういうことだろう?と人の心理に関心を持ったそうです。
大学で心理学を学んだ後は、不登校や引きこもりの子どもが通うフリースペースで、さらには、病院や学校でもカウンセラーとして活動しました。
もっと自分らしく、深く人と関わる形で仕事をしたいという思いから、2020年に、カウンセリング&ハンドコンサルテーションルーム“a spoonful of sugar〜お砂糖ひとさじで〜”を立ち上げます。相談者が抱える悩みや困りごとに寄り添う心理カウンセリングや、学校に行きづらい子どもたちの居場所づくりにも取り組んでいます。
心が重くなった時は、自分の内面を整理する
私が1番気になることを浅井先生に訊ねてみました。
「相談に来られる方の話を聞いて心が重くなった時は、どんな風に対応しているのですか?」
「対処法はいくつかあります。まずは、線引き。自分を俯瞰的に見ると言うか、1枚フィルターを入れると言うか。カウンセラーを始めた頃は、それが難しくてたくさん失敗してきました。でも、線引きをしてもしんどくなることがあります。それは、私自身が直視したくなくて蓋をしてきたところだからなんですよね。」
そんな答えが返ってきました。
「相談しに来られる方の話が重く感じるのは、私の中で何かが滞っているということなんです。なので、まず私自身が自分の内面を見つめて受け入れるという作業をします。
これは私にとっても、とてもしんどい作業です。でも、ここを乗り越えると心が軽くなるということを何度も経験してわかってますし、それをしないと、ここに来てくださる方に対して不誠実だと思っています。私がちゃんと自分自身を整理した状態で話を聞くことができると、自然と、相談者の方も変化していくんです。
常に自分のことを振り返って、受け入れて。これは、一生繰り返していくことだと思っています。不思議なことに、私自身が乗り越えないといけないテーマが、ちゃんと必要なタイミングでやってくるんですよ。」
新しい景色が見える瞬間に立ち会える仕事
浅井先生の思いがけない言葉が心に響きました。私は、もっと簡単に、自分の趣味に没頭したり、旅行に出かけたり、気分転換することで心のバランスを保っているのだろうと考えていました。相手の気持ちを他人事として聞くのではなく、自分自身が向き合うべきところとして受け止められているのです。
「浅井先生は、本当に人が好きなんですね。」
「そうなんですかね〜。みんなでワイワイっていうのは苦手で、1人で漫画を読んでる方が好きなタイプです。笑
人が好きということになるのかな? 一生懸命に今の命を生きてる人、いろんなことを抱えながらも自分なりになんとかしようとしている人が、美しいなぁと思っています。悩みがあって相談しに来られる方たちは、別に登らなくてもいいかもしれない『坂道』をもがきながら登っています。その姿を見ると、なんとも言えないくらい愛おしくなるんです。
私がどうこうできることではありません。それぞれの人が登り切る力を持っていて、『坂道』を上がって行きます。力が出せるようにそばにいるのが、私の役目なのかなと思っています。
もがきながら登り切った瞬間、新しい景色が見えた時に、一緒にいさせてもらえる、それを仕事にさせてもらえてるということが、本当にありがたいなと思ってるんです。」
継続的に1つのことをすることは苦手だそうですが、カウンセラーという仕事は、22年やってきても、まだまだ続けたいと思っているとのこと。
「おすすめの仕事!と手放しでは言えませんが、私はこの仕事に出会えてよかったと思っています。人間らしい泥臭さが好きなんですよね。笑」
人生の終わりに後悔しないように
「いつか、年を重ねた方が元気になれるような、おしゃれを楽しめるようなイベントをしたいねと、母とよく話しをしていたんです。母と私の構想を知り合いに話すと、思わぬ速さで進み出し、あっという間にファッションショーとして実現したんです。」
企画も運営も、全てお知り合いの方が進めてくれたとのこと。最終的には、年配の方だけでなくいろんな世代の方が楽しめ、想像をはるかに越えた素敵なイベントになったそうです。
浅井先生は、やってみたいという思いを形にしていきます。ファッションショーだけでなく、食のイベントだったり、動画配信だったり。それらが「坂道」を登るきっかけやエネルギーになればと、いろんな要素を散りばめながら。
「大好きな歌の歌詞に、”君が君の生きてきた日々を どうか今も愛せてますように”というフレーズがあります。人生の終わりにやりきったと思いたいし、みんなもそう思えるといいなと思っています。年を重ねるごとに心軽く、自分らしく生きていけるといいですよね。」
新しい景色を見てみよう
お話を聞きながら、私は「坂道」を登ろうとしていなかったことに改めて気がつきました。
私が自分と向き合わないといけないことは、自分のペースをちゃんと保つということ。1つ1つに時間がかかるとわかっているのに、私でも役に立つならと、ついついあれもこれもと手を出してしまいます。結果、時間に追われてあたふたすることに。「周りの人に心地よく過ごしてもらいたい」と思っていても、家族にしわ寄せがいっていることに対しては、見て見ぬふりをしがちです。
新しい景色を見てみたい。そのためにも、ちゃんと自分の弱いところを見ていこう、そして、やれることからやってみよう。
「坂道」を登りきった先から見る景色は、清々しく、とても気持ちよさそうな気がします。